『一秒の世界』が子どもたちの手で届けられた日
~東京都品川区立大井第一小学校~

2010/02/24

「未来図書室.jp」のサイトでは、寄贈本の活用事例を何度か紹介してきました。これまでは、授業で使用する教材としての活用方法が主でしたが、寄贈本が活躍できる場は教室の中だけではありません。学習発表会(学芸会)のような大行事にも利用できるのです。東京都に大井第一小学校という品川区立の小学校があります。昨秋、こちらの学校の学習発表会(学芸会)で、『1秒の世界』が使われました。今回は、授業とは異なる、行事での活用方法をお伝えします。

 小学生にとって、学習発表会(学芸会)は運動会に次ぐ大きな行事です。劇を演じるわが子とビデオを手にする保護者の姿。第三者には、みな同じように映りがちです。でも、大井第一小学校6年生の学習発表会を知ると、心に残る学習発表会を実現するには影で支える教師の熱意が不可欠だと改めて気づかされます。6学年を受け持つ5人の先生は、とにかく熱い。昨今報じられている公立学校教師のモチベーションの低さなんて、まったく関係のないことのようです。「本気」で立ち向かえる学習発表会にするため、この5人の先生はどのように児童を指導したのか。『1秒の世界』とともに紹介します。

■骨子が決まるまで

 大井第一小学校は全校で23学級822名(2010年2月)、学校選択制度をしいている品川区内でも児童数の多い学校として知られています。特色の一つは児童の「確かな学力」にあり、1960年代までのエリートコース、「大井第一小→伊藤中→都立日比谷高校→東大」の神話が今でも残っています。保護者には学習熱心な方が多く、6年生になるとクラスの中の多くが学習塾に通います。大人数で、塾と学校に忙しい子どもたち。一人ひとりが手ごたえのある学習発表会にすることは容易ではありません。
 そのなか、学習発表会の取りまとめ役を担う6年生担任の井口先生は、休日を返上してコンセプトづくりから始めました。構成は『劇』の場面の間に『ドキュメンタリー』を挟むものにしよう。そして、ドキュメンタリーの部分についてどのようなものを使おうか、考えていた時、ある本のことが頭をよぎりました。その本は、一秒間に世界で起きていることを紹介している本です。
「1秒間」という感覚は1年生にも、大人にもわかる。その短い一瞬の中にたくさんの驚きがある。この本はドキュメンタリーの材料として使えるのではないか。井口先生は書名もあやふやなまま、本屋に足を運び、本を探しました。

 このとき、井口先生が手にした本がダイヤモンド社の『一秒の世界』だったのです。

一秒の世界
『一秒の世界』
山本良一(責任編集)、Think the Earth Project(編集)/ダイヤモンド社


 高校野球の甲子園球場応援席のように、ステージに上がった子どもたちがパネルをめくることで文字や絵を表現するスタイルがいい。その横でナレーターが、読み上げ解説を加える形にしよう。『1秒の世界』のページを繰りながら、井口先生のイメージは膨らんでいきました。
 数日後、授業が終わったあとの職員室で、6年を受け持つほかの先生たちからもOKが出てコンセプトが決まりました。

パネル制作
パネルの制作風景。色は折り紙を貼って表現しました。
14枚ものパネルを制作して、一冊の本に仕上げます。

練習
学習発表会の練習風景。40人のパネルが合わさって「1秒の世界」が表れます。

■子どもたちが先生の手を離れるとき

 パネルができあがると、ステージでの練習が始まりました。ナレーションに合わせて、壇上の40人がページを開いていきます。40人分のパネルが合わさり、文字が浮かび上がります。
「1秒間に世界に420万トンの雨が降っています」
壇上の子ども40人は、ナレーションに合ったページを一斉にめくり出します。一人でも違うページを表示してしまったら、文字が崩れてしまう。全員が間違わないことが大切です。練習の最初は、「しんどい」とこぼす子どももいました。ずっと手を上にあげていると疲れてくるからです。
 しかも、130人もの児童たちが劇やドキュメンタリー、裏方と、いろんなパートに分かれて活動するので、初めのうちは全体像が見えてきません。先生から説明を聞くものの、全体の中の自分の位置がよくわからずに進める子どももいました。
 それでもまわりの仕事を見ているうちに、少しずつ小道具や大道具、衣裳とそれぞれのパートができあがっていくのがわかります。そして、完成が近付くと、別々に動いていたパーツが一つに繋がって、本番ステージへの具体的なイメージがわくようになりました。
 すると、子どもたちの目の輝きに変化が現れます。観客席にいる児童からの「すごいね」という声がパネルをめくる手をより軽やかにさせます。ほかのパートである衣裳や音響、ナレーション。それぞれが自分で考え、学習発表会をよりよくしようと動き始めました。照明担当の子どもは、先生に言われなくても、色やタイミングなど、照明のあて方を工夫するようになり、劇に出演する児童はアドリブを入れて劇を盛り上げます。一人ひとりが考えて工夫するのが楽しくて、日ごとによくなっていきます。
 最初は、丁寧に説明を入れながら指導していた5人の先生は、子どもたちが離れて歩き出したことに手ごたえを感じます。あとは、軌道を外れないようにするのが自分たちの役目。子どもたちの活動を静かに見守ることが増えました。

みんなの心が一つになって準備が進められた学習発表会。ところが、完成間近になって大きな問題が現れました。インフルエンザの流行です。全体練習の予定日なのに、子どもたちがそろいません。回によっては学級閉鎖のため、一クラス全員が欠けてしまうこともありました。それでも、欠席した児童の役割を他の子どもが担い、お互い助け合って、練習を進め完成度をあげていきました。6年生にとっては、小学校最後の学習発表会です。このメンバーと一緒にできるのは今だけ。今できることをやろう。
もう、パネルを持つ手が疲れたなどという子はいません。めくるタイミングを間違わないように、何度も繰り返し練習を重ねます。

 そして迎えた本番。
「1秒間に5100m2の天然林が消失しています」「これはテニスコートの20面分に相当します」
見た目のインパクトと、ナレーションがかみ合い、会場から狙い通りの驚きの声が出ます。

 130人が心を合わせて一つのものを完成させた学習発表会。ほかの児童と協力し、自分で工夫しながら、モノをつくる。そして、自分の意思によって、「本気」で向かったものほど、達成した時の感動が大きい。学習発表会を通して、児童一人ひとりは学校という場だから得ることができた貴重な体験をしました。


5人
130名もの大人数を取りまとめるには5人のチームワークが大切。それぞれ役割を決めて取り組みました。向かって右から、
川田重久先生:ドキュメンタリーパート担当
島田忠輝先生:劇などの演技指導担当
井口 基先生:コンセプト立案および全体の取りまとめ
小川浩一先生:照明、小道具、大道具、衣裳ほか
杉浦紀彦先生:舞台セッティング、全体の弱点部分の補強

大島校長
大井第一小 校長 大島久幸先生