動物の飼育から学んだ上野動物園園長の生物多様性

2010/11/30

 募集企画「この地球上にキミを探せ!」の審査会が先日終了しました。この企画に様々な形でご協力いただいている4名の審査員の中の一人、上野動物園園長の小宮輝之氏は、1972年に動物園の飼育係として着任して以来、動物とともに歩んできた方です。日々、生きものに接することで、生物多様性についてたくさんのことを考えながら仕事に取り組んできました。今回は、小宮園長に飼育経験から得た生物多様性への考えをおうかがいしました。

 動物の仕事に携わる人の多くは環境を大切にし、動物に思いやりをもって接している人がほとんどです。ところが、この人間の思いやりが結果的に環境破壊につながったこともあったといいます。
 それは、第二次世界大戦後の日本の目覚ましい復興をとげる過程で起きました。かつて、東京湾にはカワウの生息地がたくさんあり、野生のカワウが数多くいました。ところが、羽田空港の建設や千葉県の工業地帯の設立で、数が大幅に減ってしまったのです。そこで「カワウを守ろう」という声の高まりとともに、上野動物園では園内にある池「不忍池(しのばずのいけ)」をカワウが暮らす生活の場として定めました。不忍池にいた他の鳥たちを引き上げ、カワウが安心して暮らせるように守ったのです。
 それから、何十年もの月日が流れ、朝になると、カワウは東京湾でハゼやコハダを食し、昼間は不忍池で過ごすという生活が定着しました。不忍池はカワウにとって、安全に暮らせる場となり、池には1000羽ものウが住みつくようになりました。しかも、カワウのフンは天然の肥料です。池にはハスがたくさん繁殖しました。

■「かわいそう」が動物にとって迷惑になることも

 「カワウを守る」というミッションは達成され、私たち人間の目には、不忍池は自然豊かな理想の水場になったようにみえました。ところが、この状態は「動物のプロ」の視点からすると、自然豊かどころか、きわめて「不自然」な状態に映りました。

「限られた生きものしか生息できない場所は、バランスを欠いており、決して自然が豊かだとはいえません」

 地球上には多くの種類の生物が生息しており、互いに共存しています。小宮氏はさまざまな生物が生活できる場所でなければ、本当の意味での「自然」とはいえないと強調します。カワウとハスで占められた不忍池に危機感を覚えた小宮氏は不忍池を生物多様性の池にしようと試みました。まず取り組んだのは、オオワシを放すことです。
 カワウはオオワシのそばには近寄りません。そこで、不忍池のなかにオオワシが生息する場所を確保しようとしたのです。結果、うまくいき、オオワシも不忍池を棲みかとするようになりました。
 その次に、小宮氏が打った策は白鳥を放すことです。白鳥はハスの芽を餌にします。そうすることで、繁殖し過ぎたハスに歯止めがかかるのではないかと考えました。最初は、白鳥がハスを食するのか、疑問に思う部分もありましたが、ある日、亡くなった白鳥を解剖したところ、腹のなかにハスがあったことが認められ、白鳥を放したことが間違いではなかったことが証明されました。このような苦労があり、今では、カワウやハス以外の生物も不忍池に生息するようになりました。
「人間が保護しようと、特定の生きものを守ると、それがもとで思わぬ自然破壊を招くことがあります」

 小宮氏のこの言葉は、長年飼育係として、多くの生きものに接してきたから発せられるものです。環境変化による生態系の破壊や、それに伴う食物連鎖の崩壊は、すぐには表に現れないものです。人間が良かれと思った行動も、長い目で見れば生きものにとって棲みにくい環境を作ってしまっていることも。生きものと対峙することの難しさを、小宮氏は自らの経験をもとに語ります。




不忍池
現在はカワウとハス以外の生物も生息できるようになった




 人間のよかれと思う行動が動物の迷惑になってしまうのは、カワウの保護だけではありませんでした。ゴリラの餌についてもそうです。かつて、ゴリラには果物が与えられていました。ゴリラに似ているチンパンジーが果物を好物としていたからです。ところが、予想以上にゴリラの体重が増えてしまい、何か対策を打たなければならないほどになりました。
 本来、ゴリラは草を主に食する動物です。そこで草中心の食事に変えました。人間の感覚からすると、草ばかり食べさせていたのではかわいそう、果物をあげないのはかわいそうだという感情が湧きあがります。しかし、ゴリラにとっては、草のみの餌のほうがメタボリック症候群にもならず、幸せな結果となりました。
 人間の感覚からするとかわいそうに思えることが、動物本人には幸せだったり、よかれと思うことが迷惑になったりと、生きものが幸せに暮らすには、互いの特性、生き方を学ぶことが大切なのでしょう。

■「狭さ」を逆手にとって動物園のオリジナリティにつなげる

 小宮氏は飼育の経験から得た知識を最大限に生かし、クマの冬眠、野兎の飼育に成功するなど、上野動物園独自の取り組みを成功させました。そんな上野動物園にも悩みがあります。それは東京23区内にあるため、敷地が狭いことです。ただし、これは来園者にとっては、動物を間近に、ヤマアザラシの針の一本まで、観察することができる、「生態観察に向いている動物園」というメリットにつなげることができます。
 狭い敷地でさまざまな生きものを数多く飼育しようとすると、それぞれの飼育部屋が小さくなり、結果として生きものへのストレスが増すことになります。そこで、小宮氏は考えました。
 出された答えは「時間差展示」です。同じスペースを複数の動物が共有し、時間差で展示する方法です。たとえば、ツキノワグマとタヌキがそうです。ツキノワグマは、夜間はオリに入るため、放飼場には昼間しかいません。その折、上野動物園にタヌキがやってきました。このとき、タヌキの展示場所を新たに設けることも可能でしたが、小宮氏はあえてツキノワグマの放飼場の一部にタヌキの展示場所を設けました。タヌキは夜行性の動物です。したがって、クマがオリに入っている夜の時間に、タヌキには放飼場に出てきてもらうことが可能なのです。このような、同じスペースに複数の異なる動物を飼うことは、広い土地を確保し群れを群れのまま活かしながら飼育するタイプの動物園ではあまりないことで、上野動物園のオリジナルでもあります。複数の生きものを時間差で同じ場所に飼う。個々の動物の特性を熟知しているからこそ実現できるアイデアです。このようなアイデアが出てくるのも、動物に身をもって接し、豊富な経験と知識を有する小宮氏だからこそできることです。
 狭いスペースを活かした、見やすい展示。そして、生きものたちの生態を理解しストレスの少ない飼育を目指す。これらが上野動物園のオリジナリティの源になっています。




クマ
昼間はクマが展示され、夜方にはタヌキが出現する




ちなみに、「動物のプロ」である小宮園長が、「この地球上にキミを探せ!」の審査でとくに印象に残った作品は、日本の希少動物についてレポートされた「こんなに似てる!アマミノクロウサギと私」でした。詳しくは、審査結果発表ページをご覧ください

(取材・文 江口 陽子)




小宮氏
上野動物園 園長 小宮輝之氏