食を通して人を育てる
~東京都荒川区立ひぐらし小学校の食育~

2008/04/25

 食育というと、栄養価や正しい箸の持ち方を覚える、好き嫌いをなくすといったことを頭に浮かべる人が多いことでしょう。
「食を通して子供の心をも育てるのが食育です」、と話すのは宮島 則子先生。荒川区立ひぐらし小学校で主査 栄養士として子供たちに「食」の指導に当たっています。「心も育てる食育」とは言い換えれば「絆を深める」ことだと宮島先生は言います。家族や社会、自然環境、文化などそれぞれとの絆を確かなものにしていくところを目的のひとつに置いています。
 家族との絆を深めるためにひぐらし小学校はどのような取組みをしているのでしょうか。一つに「親子で作る愛情レシピコンテンスト」というものがあります。これは全学年を対象にした夏休みの宿題。親子で考えた料理を作り、写真を添付しそのレシピを提出するというものです。レシピを学年の壁に貼り、お母さん達に投票してもらうところがポイント。さらに、上位にランクインしたレシピはなんと、給食のメニューになるのです。
 メニューは「ゴーヤ餃子」「さといものあんかけ饅頭」「豆腐のチーズケーキ」「さんまのドリア」など、ヘルシーなオリジナルメニューが並びます。食材にはさすが、「ご・ず・こん給食」のひぐらし小だけあって、沢山の野菜や豆、海藻が登場。親子で作ればモロヘイヤだって美味しく感じてしまうから不思議です。
 レシピの下欄には親の感想が綴られています。
〈テレビを消して息子と沢山話ながら作りました。子どもと向き合う時間ができました〉
〈私の母も加わり初めて、親子三代で作りました〉
 料理を通して、親子でたくさんの会話があったことがわかります。

「愛情レシピ」
親子で作った料理のレシピ。夏休みの宿題

■完食率が高い給食のメニュー

 ひぐらし小の給食は子どもが喜ぶハンバーグやスパゲティなどは主役にはなりません。「ご・ず・こん」といって「ご(ごま)」「ず(豆)」「こん(昆布)」が食材の中心。ごぼうと黒ごまのフィッシュパイやひよこ豆のスープ、あげ豆腐のめかぶあんかけなどが主なメニューです。それなのに完食率が高い。なぜでしょうか。
 新学年が始まり、2日目のメニューは子どもが苦手なピーマンの肉詰め。
「ひぐらし小の給食ではピーマンを小さく刻んでわからないようにして食べさせる、というようなことはしません。子どもは嫌いなものが、食べられるようになることで、自信が生まれます。それは今後たくさんのことにチャレンジして克服することにつながります。『新学年になった。がんばるぞ!』、と子どもが意欲に燃えている時だからこそ、あえて苦手なものにチャレンジさせるのです」
 授業ではピーマンをはじめ栽培活動等を通して、食物の栄養に関する知識を身につけます。また、春と冬のピーマンを食べ比べる「味覚」の授業もあります。でも、それだけではありません。
 ピーマンの肉詰めの当日、宮島先生はクラスを回って子どもにこう話しました。
「今日は進級したお祝いなので、ピーマンの肉詰めを作りました。みんなに喜んで食べてもらうために、宮島先生はピーマンに魔法をかけましたヨ。『おいしくなれ~、おいしくなーれ、ってね!』」。
すると、子どもたちから声が上がります。
「だから、このピーマンは甘くて柔らかいんだね」「ピーマンの肉詰めだーいすき!」「ピーマン嫌いだったけど美味しいから完食しました!」
 ただ、がんばれ、と尻を叩くだけでなく、遊び心も入れて楽しむことを忘れません。全校生徒に向け820個作ったピーマンの肉詰めは、ピーマンが7枚残っただけでした。
「肉を詰めて焼くと、肉汁がピーマンにしみこんでおいしくなるんだね」、と子どもは新しい発見をしたようです。

東京都荒川区立ひぐらし小学校
主査 栄養士
宮島 則子先生

■食を通して心を育てるとは?

「ひとつの現象を見て、対象を嫌いになるのではなくて、物事にはいろいろな側面があることを学ぶことが大切だと思います。そうすると、その人はそれだけ大きくなるでしょう。これが人間教育だと思っています」
 ピーマンは苦いから嫌いだ! と排除してしまうのではなく、肉を詰めれば味が変わることを学ぶ。意外と、ピーマンって美味しい、という側面を知ることが重要。これは人間関係も同じだと宮島先生は言います。
「嫌いなことや嫌いな人がたくさんいる。これは人として不幸なこと。自分が生きていくうえで、好きなことがたくさんあるほうが幸せでしょう。嫌いな人でも別の側面を発見すると好きになることもある。そんな生き方をして欲しいのです。きのう、学校に来る途中、人身事故で電車に遅れが出ました。私は子どもに電車に飛び込むような人になって欲しくないの。今ここから逃げ出そう、そんな安易な選択をしない。どんなことがあってもがんばれる。自分がやる気になったら克服できるんだ、と思える人になって欲しいのです」

 ひぐらし小の子どもは「ご・ず・こん」が大好き。今日も日本の食文化に触れながら、旬の食材を味わっています。給食の完食率を見ると、宮島先生の気持ちは子供たちに伝わっているのですね。
(取材・文 江口 陽子)