なぜ働くのか、社会の仕組みを知る
~スチューデント・シティというプログラム~

2008/11/25

「仕事ってシンドイ。でも、働くことってそんなにイヤなものじゃないんだね」
 プログラムを終了した子どもの一人がこう言いました。これは、品川区が導入している「スチューデント・シティ」という体験学習の感想です。このプログラムは市民科の「将来設計領域~社会認識能力~」の授業の一つです。

 品川区立八潮学園小学校の校舎には空き教室を利用して作られた街、「スチューデント・シティ」があります。そこには、銀行やコンビニエンスストアなど、お店や会社が並びます。子どもたちはこの街で一日大人として生活をして、自分と地域社会との関わりを体験する。これがプログラムの概要です。

スチューデント・シティ内の様子
スチューデント・シティ内の様子。看板や備品は企業が実際に使っているものと同じ仕様


 事前学習のとき、子どもたちは就職する会社、そして会社での自分の役割を決めておきます。萌さん(※)という女の子がいます。スチューデント・シティでは、オペレーション・センターというところの従業員で、仕事では請求書の発行を担っています。最初はセブン-イレブンを希望していました。が、志望者が多く第二希望になりました。

 メグさん(※)は第一希望のセブン-イレブンに合格しました。しかも、仕事は店長。みんなより、お給料が少しだけ高いのです。メグさんは責任の軽い仕事を選ぶこともできました。でも、あえて、マネジャー職に挑戦してみることを決断しました。

 当日、子どもたちはA、B、Cの3つのグループに分かれます。A、Bグループが仕事についているとき、Cグループはショッピングをします。20分で交代し、全員が仕事とショッピングができるように組まれています。このサイクルを1日で3回繰り返します。萌さんはショッピングの時間になり、富士ゼロックスのブースを訪ねました。ここでは記念写真を撮り、オリジナルカレンダーを作るサービスを提供しています。萌さんはお店をのぞきましたが、カレンダーは作りませんでした。なぜなら、価格が500円。萌さんの一回分のお給料と同じだからです。店を出て、セブン-イレブンに行き、バッグやメモ帳を買いました。


■黒字になるには何が必要か

 A、B、Cの3つのグループがそれぞれショッピングを終え、社内会議の時間になりました。セブン-イレブンでは、収支の報告が出されています。家賃、みんなの給料など、費用として支払わなければならないお金は少なくありません。このままでは赤字です。店長が言いました。
「ボールと縄跳びが全く売れていません」

 店長の問題提起に従業員はしばらく考えました。
「ボールと縄跳びがもっと売れるように、商品を壁に貼って目立たせてみよう」

 今まで、壁にはバッグが3つ飾られていました。この内、2つをボールと縄跳びに変えようと言うのです。

 それぞれの会社では売上を上げるためにどうしたらよいかなどを話し合い、いくつかの改善点を実行しました。

ボールと縄跳びを目立つ位置に飾りました
ボールと縄跳びを目立つ位置に飾りました

セブン-イレブンの本物のシステムにつながっています
セブン-イレブンの本物のシステムにつながっています

バックヤードでの仕事も実物と変わりません
バックヤードでの仕事も実物と変わりません


 2度目のお給料が全員に振り込まれました。そして、もう一度A、B、Cの3つのグループがそれぞれ仕事やショッピングを開始。会議が終わると、子どもたちの仕事に対する態度が変わっていきます。もっと、売上を上げるために、通路に出て宣伝を繰り広げる人もいます。セブン-イレブンでは、全く売れなかったボールが少しずつ売れるようになりました。

 富士ゼロックスのブースでは、カレンダーの価格を300円に下げました。お給料一回分の価格では高くて誰も買おうとしないことに気づいたのです。
「みんなが買いやすい値段にしたほうがたくさん売れるんじゃないかな?」
「でも、安すぎたら、たくさん売ってもあまり売上があがらないね」
「じゃあ、300円がいいんじゃないかな」

 マネジャーも納得。話し合いの結果、300円に値下げを決断しました。


■お小遣いのお金はどこから来るのか

 このプログラムは経済教育団体、ジュニア・アチーブメントが提供しています。この団体は1919年に米国で発足し、民間の非営利活動を展開しています。日本本部の設立は1995年で、理事長は椎名武雄氏(日本アイ・ビー・エム株式会社相談役)です。富士ゼロックスやセコム、NTT東日本、フェデックスなどの企業の協賛により成り立っています。セブン-イレブンで子どもたちが購入する商品は同社による寄付です。ミズノも同じです。店の看板や備品などはそれぞれの協賛企業が実際に使っているものをスチューデント・シティ内に運んでいます。

シティバンク内の様子
シティバンク内の様子。カウンターは大人仕様。顔が半分隠れてしまうね(笑)

共同通信社
共同通信社。収入源は新聞販売以外に広告収入もあり

売上を上げるために宣伝に繰り出しました
売上を上げるために宣伝に繰り出しました


 ジュニア・アチーブメントの社会教育主事の高木正明氏は次のように語ります。
「子どもたちの感想では仕事に対する考え方が変わったというものが多いです。毎日、両親は大変な思いをして仕事をしていている。そのことに気づく子どももたくさんいます」

 毎週もらっているお小遣いは両親が稼いでいるお金から出されていることも身をもって理解するようです。

「大人は『責任を持って仕事をしなさい』と子どもに言います。でも、責任を持つということはどういうことなのか、言葉ではわかりにくいところがあります。このプログラムを体験することで、理解が深まります」(高木氏)

 人はなぜ生きていけるのでしょうか。人が一人前になるために、社会の仕組みを知ることは大切です。自分で考えながら、みんなと協力して実行する。単に、勉強をするのではなく、大切なことを自然と理解する。そのために、事前学習に8時間もの時間を割きます。とはいえ、言葉で学んでも、真の理解まではできない部分もあります。そこで、スチューデント・シティの実践プログラムが有効になってきます。「仕事は大変だった。でも、また挑戦したい」と言う子どもは少なくありません。スチューデント・シティを通して、入り口ではありますが、働くとはどのようなことかを子どもたちは覗くことができたのでしょう。

(取材・文 江口陽子)

※名前は仮名です。